国際空手道連盟極真会館 全日本極真連合会 坂本道場

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昇段 レポート

三田裕司

所属 足利
昇段審査日 2009年2月22日(日) 
審査会場 栃木県
黒帯授与日 2009年3月



昇段レポート

 この度は、昇段審査を受審させて頂き、ありがとうございました。 茂木師範をはじめ、田所先生、阿部指導員、津久井指導員、先輩の方々、道場生の皆様、 ご指導ありがとうございました。
 私が空手を習い始めたのは、今から6年半前になります。それまでの人生において、様々な場面で 厳しい事や辛い事などを避け、闘争心の欠片も無かった私は、強い自分になりたいと次第に 思うようになりました。そこで、格闘技を始めたいと思い、様々な格闘技の中から「日本人なら空手がよいのでは」 と思い、「空手なら実践空手の極真空手が良いのでは」と安易な考えから、入門を決意致しました。 実際に入門してみますと、稽古が厳しく毎回毎回ヘトヘトになり、時には青あざなどを作って帰っていました。 そんな中、基本稽古や型稽古など色々な事を1つずつ覚えていく事の喜びに充実感を感じていた事を今でも覚えています。
 今日まで私自身空手を通じ、礼儀作法、相手を敬う気持ち、目標に向かって努力する事の大切さ、 1つの事を継続する事の難しさ、共に汗を流す仲間の大切さを学びました。また、試合では勝つ事の嬉しさ、 負ける事の悔しさ、応援して下さった皆様への感謝の気持ちの大切さを学びました。この様な様々な事を学ばせて 頂いた空手に出会えた事に、本当に感謝しております。
 最後に、今回昇段をお許し頂きまして、誠にありがとうございました。昇段審査では、 自分の思い描いていた動きとは程遠いものとなりましたが、応援して下さった皆様のおかげで、 最後まで何とかやり遂げる事が出来ました。しかし、改めて自分自身の心身の弱さを痛感致しました。 今日より、黒帯としてスタートラインに立ちますが、初心を忘れず、もう一度身を引き締めて、黒帯の名に恥じないよう 精進して参りたいと思っております。今度ともご指導、ご鞭撻の程、よろしくお願い致します。押忍

塚島大地

所属 佐野
昇段審査日 2009年2月22日(日) 
審査会場 栃木県
黒帯授与日 2009年3月



昇段レポート

 僕が極真カラテを始めたのは小学2年生の時でした。友達が習っていたので、勧められて佐野道場へ 見学に行ったことが始まりです。戦っている友達の姿を見て、自分も強くなりたいと感じ、入門しました。 稽古はとても苦しく、泣いた日もありましたが、強くなると決めたことを心の中で再確認しながらがんばりました。 初めての大会では、対戦者の力に圧倒されながらも、諦めずに立ち向かったので、準優勝を修める事が出来ました。 トロフィーを頂いた時は今までにもらった何よりも重く感じました。
 入門から2年が経ち、小学4年生になった時、茶帯を取るための審査を受けました。僕は身長が高く同い年の 道場生に組手で勝っていたため、調子に乗っていました。この審査会でも組手では充分に力を発揮できましたが、 基本や型が出来ていなかったため、落ちてしまったのです。この時に、自分の甘さを感じました。 僕はとても反省し、基本や型にも力を入れて稽古する様になりました。
 この一年は黒帯を取るために、気合を入れて稽古にはげみました。審査では、十人組手など困難もありましたが、 師範をはじめ、指導に当たって下さった先輩方、家族、そして後輩の皆さんのおかげで、がんばる事ができました。
 極真カラテを5年続けてきて、体力はもちろん、あきらめない精神力もつきました。また、人の痛みも知ることができたので、 ケンカをみたらすぐにとめられるようになりました。これからは黒帯という立場になるので、下級生の手本となって指導をし、 そして、自分も磨きさらに上へ上へと進みます。「初段」という自覚を持ってこれからの稽古に力を入れていきたいと思います。 押忍

中村順子

所属 栃木
昇段審査日 2009年2月22日(日) 
審査会場 栃木県
黒帯授与日 2009年3月



昇段レポート

 この度は昇格審査を受審させて頂けた事、又、昇段させて頂けた事に心より感謝申し上げます。
 子供の稽古に付き添っているうちに、自分も後ろで見よう見まねでやり始めたのがきっかけでした。 そのうち、胴着を着て練習に参加するようになったものの、初めはただ子供に助言できればとの軽い気持ちでしたので、 昇段する気持ちなど皆無に等しかったというのが実情でした。しかし子供達がどんどん昇級して行く中、 自分の中に負けたくないという思いが生まれ、気がつけば、いつの間にか子供より空手にのめり込んでいる自分がいました。
 審査当日は、何時になく緊張の連続で全てに於いて満足のいく出来ではありませんでした。 この経験を無駄にする事なく、日々、反省し、練習に励んでいきたいと思います。
 入門してから現在に至るまで、一から指導して下さった諸先生方、諸先輩方、又、組み手の相手など一緒に 稽古してくれた道場生の皆様ありがとうございました。 空手を通じ、苦しい時こそあきらめずに頑張る事、継続する事を学びました。 昇段した事に未だ自問自答の日々ですが、昇段したからには、「己に厳しく」初心を忘れることなく 極真の道を日々精進し、頑張りたいと思います。

井上 正志

所属 横浜南支部長
昇段審査日 2009年2月15日(日) 
審査会場 静岡県大石道場(静岡市北部体育館)
黒帯授与日 2009年3月15日(日)



昇段レポート

 この度は、極真連合会公認昇段審査を受審させていただき誠にありがとうございました。 大石代悟主席師範、田畑繁理事長、大石道場関係者の皆様に、厚くお礼申しあげます。
 22年前、極真空手に出会いこれまで続けることができた私は、本当に幸せ者です。 今回昇段審査に挑んだ理由は、昨年私にとって最大の目標であった世界大会が終わり、 もう一度初心に戻って自分の空手を見直す必要があると思ったことです。
 現在、一道場を任され、道場責任者として大勢の道場生に指導していくなかで、 正確に極真空手を伝えられているのかという思いと、今までの私の稽古が試合中心の 稽古内容であったため、基本・移動・型といった空手本来の稽古が疎かになっているのでは ないかという思いがありました。昇段審査は空手の全てが試される場所なので、 私自身空手を志す一道場生に戻る気持ちで稽古に取り組みました。
 また、自分の課題でもある精神力の弱さも、連続組手を通じて克服することができるのか、 自分自身に打ち克つことができるのかという挑戦でもありました。
 今回の昇段審査を振り返ってみて感じたことは、改めて「自分の未熟さを知った」ことです。 空手技術、精神的にもまだまだであると痛切に感じられました。「不動心」、 その境地にいくらかでも近づきたいと心がけて臨みましたが、今の私では実に容易ならぬことで、 まことに恥ずかしい審査内容でした。この貴重な経験を今後の空手修行に生かしていく所存です。
 最後になりましたが、まだまだ極真空手四段として足りない部分がある私に、昇段の許可を与えて下さい ました坂本師範、また普段共に汗を流し、稽古に励む港南台道場の皆さん、本当にありがとうございました。 これからも初心を忘れること無く努力精進してまいります。押忍

石井 哲也

所属 座間道場責任者
昇段審査日 2008年11月12日(水) 
審査会場 港北道場
黒帯授与日 2009年2月1日(日)



昇段レポート

 この度、昇段審査を受審させていただき、初段への昇段を許されました事を心から感謝致します。常日頃から、多岐に亘りご指導いただいております坂本師範をはじめ先生方、先輩方、道場生の皆さんに改めて御礼申し上げます。
 私が極真空手に出会ったのは、今から3年前、知人を通じ坂本師範と知り合った事から始まりました。はじめて坂本師範にお会いした時、口にガムテープを貼り、ビックミットを叩き自分のことを磨いている、当時45歳になる坂本師範の姿を見て衝撃を受けた事を思い出します。私は24歳までキックボクシングをやっていたのですが、色々な事情が重なり現役を退いたのですが、当時の事を思い出すと、「言い訳だったんだな。何かの理由をつけその場から逃げたんじゃないか。」と自問自答しました。そして、坂本師範の姿を見て、「年齢はただの数字だな、今しかない。」と思い、形は違うが、空手という道で忘れてきた物を取り戻そうと思い、極真空手に入門しました。
 そして坂本師範の稽古の下、月日を重ねるうちに子供達の指導を任されるようになり、子供達のエネルギーの凄さに驚かされました。そして10数年近く忘れていた物を子供達から教わりました。
これからは、私も含め、優しさや労りの気持ちを忘れず、「自分に厳しく」「向上心を持ち続ける事」を子供達に指導していきたいと思います。そして、努力する天才を育成していきたいと思います。最後に、これからも毎日の今が、残りの人生の初日と思い、日々初心に戻り稽古に励んでいきたいと思います。                                                押忍

藤田 京子

所属 港北道場
昇段審査日 2008年11月12日(水) 
審査会場 港北道場
黒帯授与日 2009年2月1日(日)



昇段レポート

 このたび、昇段審査を受審させて頂いた事、心より感謝致します。 私が、坂本道場に入門するきっかけとなったのは、まだ幼稚園だった息子を心の強い大人になって欲しいと願い、まだできたばかりの港北道場に入門させた事でした。
 スポーツ、ましては武道とは無縁の専業主婦生活を送っていた日々の中で、子供の送迎で道場の稽古を眺めていた所、勝田先生の型稽古を見て衝撃を受けました。同じ女性として、こんなに凛とした人との出会いは初めてでした。稽古後、先生に「私にもできますか」と聞くと、「大丈夫、年齢は関係ない」と言われ、即、入門を決意しました。
 実際入門してみると、自分の体力のなさと、思い通りに動かない体に憤りを感じ、何度も止めてしまおうと思いました。そんな弱い私の心を先生は根気良く指導して下さいました。日々、稽古を続けていく中で少しずつ小さな試練を与えられ、乗り越えられる自信と沢山の事を感じさせていただく場を作って頂き、普通の主婦でもここまで出来るのだと空手の世界にのめり込んでいきました。
 そして体力が付いてきた頃、坂本師範の稽古に参加するようになりました。 自分なりに頑張ってきた事が、頑張っているつもりだった事に気が付かされました。 「限界は自分で勝手に作っているもの、本当はもっと出来るのに自分で限界を作ってブレーキをかけているだけ」稽古後に皆に向かって言った言葉。自分に当てはまる言葉でした。「自分に疑いを持って行動する。」「前向きな精神を忘れた人間は先には進めない。」稽古後に聞く言葉は、どれも自分に足りない物でした。そして、自分を変えたい一心で師範の言葉を信じ、実行していこうと思いました。
 そんな時、幼年クラスの指導をしてみないかと言うお話を頂きました。 私には、経験も無く自信も無かったのですが、前向きな精神で行動するチャンスを与えて下さったと思い、やらせて頂く事になりました。 子供達の元気いっぱいのエネルギーと、泣いても泣いても諦めずに頑張る姿を見て沢山の事を感じさせられ、改めて稽古への取り組み方の大切さを教えられました。 これからも自分は何を教え伝えるべきかを考え、感じ、多くの子供達が坂本師範の精神を受け継いで行く為のお手伝いが出来るよう努力して行きたいと思います。
 最後に、坂本師範を始め先生方、先輩方の前向きな精神を見習い、この場を与えて下さった皆様に感謝し、微力ながら、道場に貢献出来る様、日々稽古に励んでまいりたいと思います。    押忍

平山 裕美

所属 高砂道場
昇段審査日 2008年11月12日(水) 
審査会場 港北道場
黒帯授与日 2009年2月1日(日)



昇段レポート

 始めに、この度、昇段のご承認を頂き、誠にありがとうございました。 坂本師範をはじめ、城東本部の尾谷師範・指導員・先輩方々のご指導があってこそ昇段できたものと心から感謝しています。
 昇段審査の突然の話を頂けるまで、はっきり言って、私はもう昇段は無理かもしれないと思い始めていました。今、私は、高校2年生で来年になれば将来の目標である看護師になるための専門学校の受験勉強へ向けて取り組む時期を迎え、昇段審査は絶対に無理だと思っていたからです。 この度、初段に昇段でき黒帯を締められることに両親も「良かったね。」と喜んでくれ心から感謝しています。おかげさまで、空手を始めたときからの憧れ「黒帯になる」事が出来ました。 この場を借りて父母にも「ありがとうございます」と言いたいです。
 私が最初に空手を始めたのは、千葉県下の極真(松井派)の分支部の道場でした。小学校4年生の時、父の仕事の転勤で伊豆七島の三宅島に行き、そこでは空手道場がなかったので空手から離れていましたが、それ以外は今日まで生活の中に空手が必ずありました。 都内に転居して来て尾谷師範に姉弟3人でお世話になることになり、それまでにない新鮮な気持ちで空手に取り組む事が出来ました。型においても、組み手においても厳しく指導して下さり感謝しています。
 これから、極真坂本道場の黒帯の一員となるので、黒帯の名に恥じないよう新しいスタートラインに立ったことを心に刻み、稽古に取り組んでいきたいと思います。 最後に、審査会を終えた後、坂本師範に「これからどんなことがあっても、どんな環境にあっても、空手を続けていきなさい。」とお言葉をいただきました。この言葉を忘れず、これからも頑張って行こうと思います。    押忍

橋本 聡

所属 真岡道場
昇段審査日 2008年2月10日(日) 
審査会場 栃木
黒帯授与日 2008年4月



昇段レポート

 自分が極真空手を始めた理由は、強くなりたかったからです。 子供の頃から憧れていた空手ですが、自分に出来るだろうかという不安から、なかなか入門できすにいました。そんな時、近くに極真空手の道場があるのを知り、見学に行ってみました。するとやはり、やってみたいという気持ちになり、18歳の時に入門しました。
 入門当初は、練習が厳しく、基本だけでヘトヘトになってしまい、毎回練習に行くのが憂うつで、はずかしながら何度もさぼっていました。でも、さぼっているうちに、「このままでは駄目だ。強くなりたい。自分で始めたのに、逃げていては強くなれるはずが無い。」と思い、それからは真面目に行く様にしました。
 試合にも少しずつ勝てるようになっていきました。そして、空手以外でも遊びに行ったり、時には悩み事の相談になってもらったり等、空手をやっているおかげでこのような仲間に出会えた事は一番の収穫であり、この関係をこれからも大切にしていかなければと思います。
 先生の御指導や道場生の方々に助けられてようやく黒帯を取ることが出来ました。審査も多少自信を付けて望んだのですが、思い通りには行かず、十人組手では自分の組手が出来ず、まだまだ練習が足りないと痛感させられました。 黒帯を取って、未熟ながらようやく空手家として出発した自分は、自分の中にある理想の空手家に近づける様に取り組んでいきます。 今まで御指導頂いた先生や道場生の方々に感謝します。これからも宜しくお願い致します。

中西 卓也

所属 足利西道場
昇段審査日 2008年2月10日(日) 
審査会場 栃木
黒帯授与日 2008年4月



昇段レポート

 この度、昇段審査に於いて初段をお許し頂き誠に有難うございました。
 私もともと、格闘技には興味がありテレビ等でよく見ていました。その時は自分が強くなれるなどと、とても思ってはみませんでした。そんななか弟が極真道場に通うようになり、みるみるうちに強くなっていくのを間近で見て、「自分でも強くなれるかな」という思いで入門させて頂きました。先輩方は、皆強くそしてその強さを表に出さず人に優しく、そんな先輩方にとても憧れました。自分もいつかそうなりたいと・・・。
 足利西道場は新しく出来たばかりで人数も少なかったのですが、私と時期同じくして2人ほど入門した仲間がいたので、お互い良きライバルとして稽古に励みました。仕事や家庭環境が変わる中で稽古に来られない時期もありましたが、いつも師範が言っている「継続は力なり」という言葉を胸に、仕事や家庭も大切にしつつ、稽古を今まで続けることが出来ました。
 そうして入門してから8年余経ち、師範から、「昇段審査を受けてみるか」という言葉を頂きました。しかし、その時は仕事の都合で、なかなか稽古に続けて来れていなかったので自身がなく、「出来る限り特練や稽古に出て、ぎりぎりまで様子を見て無理なら断ろう」という気持ちの中で受けてみようという思いがありました。  そうした中で特練に付き合って頂いた先輩方は、私が審査で恥を掻かないように、また昇段できるよう一緒になって付き合って頂き、昇段を受ける本人が迷っているようでは協力してもらっている師範や先輩方に申し訳ないと思い、それからは、「何が何でも昇段するぞ」という思いで稽古に励みました。
 昇段審査まで時間が少なく厳しかったのですが、最後は師範から「絶対に最後まで諦めず、昇段するぞという強い思いで立っていれば大丈夫だ」という言葉を頂き審査に臨みました。基本・移動・型と進み最後は組手となりました。練習とは違い緊張で苦しい組手となりましたが、応援してくれたみんなのおかげで何とか最後までやり通すことができました。
 最後に励まし支えてくれた家族と師範方を始め、協力してくださった方々にこの場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました。また、今後ともご指導のほど宜しくお願いいたします。                                                    押忍

木下 法幸

所属 足利道場
昇段審査日 2008年2月10日(日) 
審査会場 栃木
黒帯授与日 2008年4月



昇段レポート

 この度は昇段審査に合格させて頂きありがとうございます。
 僕がこの極真空手を始めたのは、今から3年と10ヶ月前です。最初は何も出来ませんでした。ですが、茂木師範や先輩達からいろいろ教えてもらったので、段々と基本稽古ができるようになっていきました。その後、移動稽古や型などもできるようになっていきました。組手も初めてやったときは、何も分からないまま一本を取られてしまい負けてしまいました。ですが、それから数をこなしていく内に、少しずつ上達していきました。段々、帯が上がっていくと茂木師範に、「日曜日ひまか?」とさそわれ、日曜特練に出るようになりました。日曜特練とはどういうものかというと、日曜の朝9時〜1時ごろまでの練習のことです。日曜特練は、主に阿部先生と田所先生が教えてくれます。メニューは、まず道場から山に向かって走ります。山に着いたら坂道ダッシュ、手押し車などをやります。次に道場に帰り、ミット打ち、スパーリングなどをします。人数は約10〜20人弱です。練習はけっこうハードです。なので、何回か「やめたいな。」と思ったこともありましたが、がんばりました。
 何度か審査を受けて帯も上がり何とか一級になりました。組手は日曜特練に行っているのでそこまでつらくありませんでした。一級になってからは、「ここまできたのだ。黒帯とるぞ。」という目標ができ、より一層がんばれました。合宿にも参加してみました。日曜特練より何倍もつらかったです。思っていた以上につらかったのですが、黒帯を取るのだと思い自分に言い聞かせ、合宿を乗り越えました。道場で十人組手の練習もしたので、かなり自信がつきました。
 昇段審査当日は、とても緊張していました。初めは基本の審査でした。緊張していましたが、落ち着いて出来たのでよかったです。次は、移動の審査でした。途中、少し間違えてしまいそうになりましたが、大丈夫でした。その次は、スクワットと腕立て伏せ。スクワットは難なく出来ましたが、腕立て伏せは苦手なので、どうにかこうにか出来ました。そして次は型。型は、稽古で沢山やってきたので大きなまちがいをせずに出来ました。最後に十人組手。少しほぐれていた緊張も自分の番に近づくにつれて高まっていきました。そして自分の番。一人目、二人目は難なく出来ましたが、三人目から段々辛くなっていきました。七人目ぐらいには、辛くて、痛くて「もう駄目だ。」とも思いました。でもここで諦めたら、今までやってきた事が無駄になってしまうと思いました。八人目、九人目はもう何も考えず必死にがんばり、十人目はラストだと思いながらやりました。最後までどうにかやり通しました。その後すぐに茂木師範や先輩達、十人組手の相手になってくださった人達に挨拶し、僕の昇段審査は終わりました。  今までの目標は黒帯を取ることでした。そのために稽古を一生懸命やってきました。ですが、これからは、「黒帯取れたからもういいや」ではなく、今やっとスタート地点に立ったのだと言うことを忘れず、稽古していきたいと思います。そして今までは先輩に教えてもらう立場でしたが、これからは、まだ未熟ですが、教えられる立場から教える立場になりたいと思っています。                                  押忍

曲師 克哉

所属 武蔵小山道場
昇段審査日 2007年9月30日(日) 
審査会場 港区立芝小学校
黒帯授与日 2007年12月2日(日)



昇段レポート

 ぼくは、五才のころから空手を始めました。始めた頃は、つらく苦しい事ばかりでしたが、続けていくうちに試合に勝ったり、帯の色が上がったり、少しずつ楽しくなっていきました。小学五年生位から一般でも練習するようになり、色々な先輩と知り合う事が出来ました。そして、先輩達から色々教えてもらい、大変かわいがってもらいました。
 今までぼくは自分の事ばかり考えていたけれど、黒帯は教える立場だし、後輩の面倒も見てあげないとならないし、黒帯は大変なことばかりです。でも、黒帯は自分の望んだことだし、あこがれでもありました。
 黒帯になるにあたって、自分の目標は二つあります。一つ目は空手の技術はもちろんの事、精神面でもきたえていきたいと思います。今までのぼくは、精神面での弱さが試合に出てしまう事が多く、帰ってから試合のビデオを見て、何度となく、悔しい思いをしてきました。これからは同じことをくり返さないように今まで以上に努力していきたいと思います。  二つ目は、今までぼくが師範と先輩たちから教えて頂いたことを、後輩に教えていきたいと思います。ぼくがここまで続けてこれたのは、師範と先輩たちのおかげだと思っています。  まだまだ、たくさん教えていただくことが多いので、これからもよろしくお願いいたします。   押忍

赤羽 太河

所属 野庭道場
昇段審査日 2007年9月30日(日) 
審査会場 港区立芝小学校
黒帯授与日 2007年12月2日(日)



昇段レポート

 僕は、幼少の頃、戦いごっこが好きだったので、空手を始めることにしました。最初にいた道場には、友達も一緒に入り、まだ小さかったのでよく泣きはしたものの、楽しくやっていました。そこで色々事情があり、伊藤道場というジムのような道場に移ることになりました。そこは、ほとんど大人ばかりで、自分なりには組手も楽しんでやっていましたが、同学年がいなく、大人とばかり組手をしていたので、試合で成果をあげることができませんでした。しかし、前の道場で空手を続けていた友達が、坂本道場に移るということを父から聞き、自分も坂本道場に移ることにしました。伊藤師範に相談すると、「太河がそう思うなら、そうしなさい。そして頑張りなさい。」と背中を押して下さいました。
 坂本道場では、今まで以上にきつい稽古が多く、思う様に出来ない時に「やめたい。」と思う事もありましたが、「ここでやめたらいけない。」と思い直し、続けてきました。そして五年生のときに、初めてグラチャン(大阪で行われるヘッドギア無しの全日本ジュニア大会)に出ました。真ん中に「どん」とある大きなコートにすごく緊張し、並んでいる時にトイレに行きたくなった事を覚えています。そこでは、あまり良い結果は残せませんでしたが、翌日の全日本ウエイト制大会での師範や先輩方の試合を見て、こんな風に格好いい組手をしてみたいと思い、心を入れ替えて稽古に励みました。そして、中学一年になり、春の全国Jr大会や大阪のグラチャンで優勝する事が出来ました。
 今回の審査で昇段させて頂けたのは、日頃の練習の成果を出し、型や十人組手を行ったからだと思います。終わった後自分の中に達成感がありました。そして、師範や先生方に挨拶に行った時、師範に「顔に出すな。」と言われました。このことは、今後の稽古でも心がけていこうと思いました。この様な結果につなげてこれたのは、師範や先生方、先輩方、そして自分と共に空手稽古に励んでいる父親など、多くの人達のおかげです。これからも、その事を忘れずに、更に稽古に励んでいこうと思います。   押忍

高木 貴一

所属 高砂道場
昇段審査日 2007年9月30日(日) 
審査会場 港区立芝小学校
黒帯授与日 2007年12月2日(日)



昇段レポート

 今回は昇段審査を受けさせて頂いて、ありがとうございました。
 自分は、小さい頃から空手に興味があり、一年生の時から空手を始めました。初めは他流派で稽古していましたが、極真空手にあこがれ入門しました。空手を始めた理由は、昔から体が小さかったので強くなりたいと思っていたからです。始めた頃は、稽古も楽しかったですが、昇級するにつれてきつくなり、毎回稽古に行くたびに泣き、空手が嫌になった時期もありました。試合に出ては、一回戦か二回戦で負ける事が続き、入賞した人たちをうらやましく思っていました。  とにかくトロフィーにあこがれ一生懸命稽古し、始めての入賞が三位でした。その時のトロフィーがすごく大きく見えて、ものすごく嬉しく、寝るまでトロフィーと賞状をずっと眺めていました。
 今ではいい思い出ですが、そんな自分が極真会館の黒帯を締めるなんて、今でも信じられない気持ちです。黒帯は今までの色帯とは、全く違う意味を持っていると思います。今までは、自分の事だけを考えて稽古してきましたが、これからは後輩達の面倒も見ていかなくてはならないと思っております。道場でも、後輩達の見本になるような人間にならなくてはいけません。
 まだまだ未熟者ですが、一生懸命修行して、一人前の空手家を目指して行きたいと思います。そして、いつか必ず世界大会に出場し、優勝したいと思っております。最後に今まで指導して下さいました、坂本師範、尾谷師範、事務局の方、黒帯の先輩方にお礼申し上げます。ありがとうございました。これからも一生懸命やっていきますので、宜しくお願いします。                                                      押忍

奈良橋 彪紘

所属 武蔵小山道場
昇段審査日 2007年7月8日(日) 
審査会場 BUMB東京スポーツ文化館
黒帯授与日 2007年9月30日(日)



昇段レポート

 僕は小学1年の春、父にすすめられて空手を始めました。当時は空手と言われても、何をするのか全く想像がつかなかったので、言われるがまま入門しました。
 しかし空手は僕の想像を絶するものでした。入門した頃は、覚えることで精一杯でした。
 入門してから約1年。初めての昇級審査を受けました。まだ、僕が白帯だった頃は筆記試験があり、まだ漢字が読めなかった僕は、顔を真っ青にして審査に挑みました。このような感じで約1年間隔で審査を受け、しっかり練習もしていました。しかし、小学5年生になり、茶帯をもらってから、組手が大嫌いになって、型に専念するようになりました。型をするのが楽しくて楽しくて仕方がなかったほど熱中しました。小学5年生から6年生にかけて型の賞も取り、演武会でも活躍できました。
 中学生になってからは、また問題が発生しました。空手をさぼって遊ぶようになりました。今思えば、あの時しっかり稽古に行っていれば、もう少し結果が残せていたと後悔しますが、当時の自分は、遊びの誘惑には勝てませんでした。散々遊んだあげく、待っていたのは後悔。結局、最後には後悔すると言う事を、身に染みる程感じました。師範のお話しや両親の説教のおかげで、初心にもどって稽古することが出来ました。本当に感謝の言葉に尽きます。
 しばらくして、師範に「黒帯受けろ。」と言われた時はとても嬉しかったです。まさか、中学3年で黒帯を受けられるとは思ってもいませんでした。やっと師範に認めて頂けたのだと思ったときは嬉しくて仕方がなかったです。
 僕がここまで成長できたのは、師範や指導員の皆様、先輩方のおかげです。皆様には本当に感謝しています。今まで見守って下さりありがとうございました。また、今後もご指導を宜しくお願い致します。そして、温かく見守って下さい。僕も初段としての自覚を持ち、日々の鍛錬を怠らないよう努力をします。                                                  押忍

太田 竜司

所属 武蔵小山道場
昇段審査日 2007年7月8日(日) 
審査会場 BUMB東京スポーツ文化館
黒帯授与日 2007年9月30日(日)



昇段レポート

 この度は、昇段試験を受けさせて頂き誠にありがとうございました。
 僕が空手を始めたのは、8年前の10月、小学1年の時でした。きっかけは、姉が「空手を始めたい。」と言っていたので、「竜司も男なんだから入れ。」というものでした。
 僕はとても泣き虫でした。学校でも空手でも家でもよく泣いていました。特に、組手では毎回の様に泣いていました。  しかし、年を重ねていく度、泣くことも減っていき、学校でも悪口を言われてもへっちゃらになっていきました。それも空手のおかげだと思います。泣くことも少しずつ減ってきた時、茶帯になることが出来ました。とてもうれしかったです。このとき僕は「茶帯になれたんだから、もっと強くなろう。」と思いました。
 そして、小6になり、中学になり、初めて一般部の稽古に参加しました。少し緊張しました。そして、初めての稽古で泣いてしまいました。原因は組手で姉から受けた下突きでした。いくら姉とはいえ女子に泣かされ、とても悔しかったです。しかし、中2になり泣く事はほとんどなくなりました。
 中3になり、坂本師範から黒帯を受ける様言われました。しかし、塾が忙しくあまり空手に行けないまま審査が始まりました。型審査が終わり、すぐに十人組手が始まりました。とても不安でしたがなんとかやり遂げることが出来ました。とてもきつかったけれど、とてもうれしかったです。
 今の僕の目標は第一志望の高校に入学することです。そのために一生懸命勉強します。
 最後に、坂本師範、道場の先輩方、友達、応援して下さった方々どうもありがとうございました。まだまだ未熟ですが、これからもお願いします。押忍

太田 知里

所属 武蔵小山道場
昇段審査日 2007年7月8日(日) 
審査会場 BUMB東京スポーツ文化館
黒帯授与日 2007年9月30日(日)



昇段レポート

 この度は、昇段審査を受けさせて頂きありがとうございました。私は小3の時、弟と武蔵小山道場に入会しました。入会するきっかけは、武道に興味を持ち道衣に憧れていたという些細な事からでした。稽古はきつかったけれど、日々仲間が増え、強くなるにつれてきつい練習から楽しい練習に変わっていきました。
 一般部に上がると不安がありましたが、周りの人も優しく接してくれて、少年部とは違った雰囲気での稽古がはじまりました。 型や試合で勝った時はすごく嬉しかったし、逆に負けた時は悔しくて泣いたり、後悔したりしました。 高校に入ると、とうしても部活動や勉強などで時間がとれず、やめようかなと思ったこともありました。それでも、今こうして続けているのは、やっぱり空手が好きだからだと思います。
 そんな中、坂本師範から昇段審査を受けないかと言われ、不安はありましたが、憧れていた黒帯に挑戦したいと思い、皆に励まされ審査に挑みました。自分は女なので少年部の時より男女の差が感じられ、負けず嫌いなのでそのことを悔しく思ったりもしました。でも、そこはどうしようもない事なので女子の中で頑張り、精神面でも成長したいと思います。
 今後は、黒帯としての自覚を持ち練習時間を増やしていきたいと思います。
 最後に坂本先生、これからも私達姉弟を宜しくお願いします。押忍

春原 誠

所属 武蔵小山道場
昇段審査日 2007年7月8日(日) 
審査会場 BUMB東京スポーツ文化館
黒帯授与日 2007年9月30日(日)



昇段レポート

 僕が空手に入ったのは、友達から誘われたからです。そして、空手に入ってからは週3日ぐらい道場に通うようになりました。しかし、2年生の終りに野球チームに入り、4年生の頃からは、野球チームの中の4年生のチームにも、5年生のチームにも、6年生のチームにもレギュラーで出るようになったので、空手と野球の両立が難しくなっていき、空手へ行く日が減っていきました。また、水曜日も水泳へ行っていたので、水曜日の稽古にも出られなくなって行きました。野球チームは休みの日に必ず練習や試合をやっていたので、審査が受けられず、2年くらい緑帯が続きました。
 だから、空手を続けるのは難しいと思い、母と先生に相談に行きました。先生に「緑帯まで頑張ったのだから、週1日でもいいから空手に来るようにしなさい。一度始めたことは続けることが大切だ。」と言われ、もう一度空手をやろうと思いました。そして、6年生の終りに野球チームを辞めてから、茶帯をとりました。  中学へ入る時、高校は文武両道の学校へ行こうと思いました。子供の自分が大人に成長するように、心と体をきたえるために空手に週3日行き、前まであまりやっていなかった勉強も始めました。だから、中学は野球部のない学校へ行き、部活も運動部に入りませんでした。この頃から、空手は黒帯をとることを目標にしました。
 中学3年生になって黒帯をとってもいいと言われてからは、色々な大人の人に「前までは教えられる立場だったけれど、これからは教える立場になる。」と言われ、今後自分が誰かに教えるときに、自分がしっかりしないと相手に迷惑になると思い、今以上に空手を真剣にやろうと思いました。
 昇段審査を受けて、今から一週間前に昇段通知を頂き合格したことを知った時は、一度は辞めようと思った空手を今までやり続けてよかったと思いました。
 僕は、高校ではまた野球をやりたいと思っているので、空手は週1回くらいになってしまうかもしれませんが、空手は一生の修行だと思うので、野球を引退したら、またやりたいと思います。

小井戸 健之

所属 足利道場
昇段審査日 2007年2月25日(日) 
審査会場 栃木
黒帯授与日 2007年4月



昇段レポート

 この度は、昇段審査を受けさせて頂き誠にありがとうございます。
 自分が極真の門を叩いてから数十年が経ち、今では、自分の息子と一緒に空手が出来る喜びで日々過ごしていましたが、息子に「パパ、いつになったら黒帯になるの?」と言われ、40歳を過ぎても空手を学んでいる自分がそこにいました。ここまで極真空手を続けられたのは、茂木師範、阿部先生、田所先生の御指導を始め、励まして下さった先輩方や素晴らしい仲間に恵まれたことが、今日まで空手を止めずに続けられた理由であると思います。
 師範がよく練習中に「継続は力なり」と言われる事を思い出し、辛い練習でも乗り越えることが出来たのだと思います。その事は普段の仕事に於いても非常に役立っています。
 空手で学んだことは、空手のみならず私生活でも全て役立つ事が素晴らしいと感心しています。
 空手との出会いは、テレビで格闘技などを見るのが好きで、健康の為に何かしてみたいと思った事がきっかけでした。「どうせやるなら、地上最強の空手である極真空手をしよう」と思って道場に足を踏み入れましたが、始めた頃は毎日が筋肉痛で、これから続けていけるのかと不安に思う毎日でしたが、茂木師範に励まされ、本当に多くの人に支えられたからこそ、今の自分があるのだと思います。
 素晴らしい師範、先生、仲間たちと好きな空手が出来ることを、私自身大変誇りに思っています。私にとって極真空手は、生涯の大切な宝物であります。
 これからも初心を忘れずに、息子が空手を通じて一人前の人間になるまでは、一緒に空手を続け、又、厳しい練習である日曜特訓やスパーリング等を一緒に出来る日を楽しみにしていきたいと思います。
 これからも、末永く御指導、御鞭撻の程、宜しくお願い申し上げます。   押忍

川村 悠嗣

所属 足利道場
昇段審査日 2007年2月25日(日) 
審査会場 栃木
黒帯授与日 2007年4月



昇段レポート

 この度は、黒帯に昇段させていただき誠にありがとうございます。
 僕が空手を習い始めたのは、小学校二年生の時でした。初めて見る空手の世界は興味深い物が多く、僕はすぐに道場に入門しました。でも、実際の練習はとても苦しく、僕にはとてもついて行けない練習でした。そんな僕を支えてくれたのは、茂木師範や、数多くの指導員のアドバイスや励ましのおかげだと、僕は思っています。
 黒帯の審査では、十人組手が一番印象に残っています。一人から五人目までは自分の力を出せましたがその後は疲れが見え始め、立っている状態でした。そして、最後の十人目はとても苦しく、一本を取られてしまいました。僕は悔しくて悔しくて、たまらなかったです。そんな僕が昇段出来たなんて、夢にも思っていませんでした。
 黒帯になったからには、黒帯らしく練習に取り組み、後輩達を指導していきたいと思っています。黒帯で終りではなく黒帯から始まりだと思います。だから、「黒帯になったからもういいや」ではなく、「黒帯になったぞ、これからも頑張ろう」と言えるような黒帯になりたいと思います。この度は、どうもありがとうございました。    押忍

津久井 勇

所属 足利道場
昇段審査日 2007年2月25日(日) 
審査会場 栃木
黒帯授与日 2007年4月



昇段レポート

 この度は、昇段を許して頂き誠にありがとうございます。全てにおいて、課題が残るできでした。基本、移動、型、更に10人組手と、日頃の稽古の半分の力も出し切れずに、 終わってしまいました。特に最後の10人組手では、自分では緊張していないと思っていましたが、身体は正直でした。突き、蹴りとも出せずに、ただ立って逃げ回るだけの組手でした。諦めず気合を入れて前へ出ようと心に決めていたのとは全く逆で、相手をして下さった各道場の先輩、日頃稽古を付けて下さる諸先生方の動きに付いて行けず、5人を過ぎた頃には、立っているのがやっとの状態でした。周りで応援してくれた皆様の声が凄く力になり完遂出来たと思います。本当にありがとうございました。入門から7年、やっと悲願の黒帯を頂く事となりました。入門の時は、黒帯を取るまでは頑張ってやってみようと思っていましたが、それは間違いであると改めました。常日頃、道場にて、茂木師範が話されるように、黒帯からが本当のスタートだと言われる事を痛感致しました。
 今回昇段を許されましたが、決して自分一人の力で出来たとは思いません。指導をして頂く茂木師範、阿部指導員、田所指導員、時々遠方より来て型や組手の稽古を付けてくれた各道場の先生や先輩の方々には、心より感謝しております。まだまだ未熟者であります。更に上を目指し、努力精進して行く覚悟で有りますので、今後もご指導の程、宜しく申し上げまして、レポートを終了させて頂きます。本当にありがとうございました。生涯現役を目指します。   押忍

嶋田 裕樹

所属 足利道場
昇段審査日 2007年2月25日(日) 
審査会場 栃木
黒帯授与日 2007年4月



昇段レポート

 僕が極真空手に入ったのは八年前になります。最初は、友達がやっているのを見て興味を持ちやりたいと思いました。でも、実際入ってみると、とても自分にはついていけないような厳しい練習でした。でも、茂木師範や阿部先生、田所先生に基本、移動、型、ミット打ちなど一つ一つ細かく教えていただいたので今までやってこれました。
 審査当日は、今まで練習してきたことを全部出しきろうと思い、いつもより気合をいれて臨みました。 そして、とうとう、自分が一番心配だった十人組手です。最初は自分から積極的に技を出していったのですが、最後の方はほとんど攻撃が出来ませんでした。途中、苦しくてあきらめようとしたけれど、皆が応援してくれたのでとても力がでて、十人目まで戦うことが出来ました。僕はこの8年間で色々な経験をしました。その経験を生かしてこれからもがんばりたいと思います。押忍

高橋 和佳代

所属 矢板道場
昇段審査日 2007年2月25日(日) 
審査会場 栃木
黒帯授与日 2007年4月



昇段レポート

 私が極真空手を始めたのは小学校5年生の夏でした。私がとても空手に憧れていて母は反対しましたが、父が賛成してくれ入門することが出来ました。
 初めは基本を覚えることも難しく、空手ってこんなに色々な動きがあるのだとびっくりしました。そして練習を重ね初めて審査を受けた時の緊張感や迫力は今でも忘れません。
 初めて大会に出たのは小学6年生で青帯の時でした。予戦の相手が茶帯で不安な気持ちで一杯でしたが、一本勝ちする事が出来て自信が付きました。そして決勝まで進み延長戦の末、北関東大会で優勝することが出来ました。嬉しさのあまり涙がひとりでに溢れ出てきました。初めてトロフィーを手にした時はとても感動しました。
 中学に入学すると部活で帰りが遅くなり空手に行ける日が少なくなってしまいましたが、行けた時は一生懸命練習をしました。そして、中学3年生の時、1級までとる事が出来ました。
 高校生になるとさらに空手に通える日が少なくなりましたが道場に行けた時は真剣に練習し、練習が終わってからも指導して下さった高田先生のおかげで、昇段審査を受ける事が出来ました。
 昇段審査は10人組手がとても心配でしたが、先生方や周りの方からの応援が励みとなり、組手を完遂する事ができ、達成感で涙が溢れ出ました。そして、念願の黒帯になる事が出来ました。
 最後に、高田先生をはじめ諸先生方、御指導ありがとうございました。これからも黒帯にはじないよう頑張っていきたいと思いますので御指導宜しくお願いします。

今泉 勇一

所属 港南台道場
昇段審査日 2006年9月24日(日)
10人組手完遂
審査会場 BUMB東京スポーツ文化館
黒帯授与日 2008年12月3日(日)



昇段レポート

 長い道のりでした。
 10数年のブランクを経て30半ばにして港南台道場に再入門させて頂きました。自分では若い当時のイメージがあり、まだまだいけるだろうとタカをくくっていたのですが、現実は全く体力が追いつかず、初日は移動稽古の時点で動けなくなってしまう始末でした。それから稽古を重ねても思うように体力がつかず、怪我も重なり、「あぁ、やっぱりもう無理なのかなぁ」と何度もあきらめ挫折しそうになりました。それでも何とか続けてこれたのは、井上先生をはじめ、港南台道場の仲間の励ましがあったお陰だと思います。
そして、今回たくさんの人たちに支えられ、10人組手をやりとげる事が出来たことを大変感謝しております。今後も決して自分一人の力で黒帯を締めているのではないと言う事を肝に銘じ、初心を忘れず、より一層精進していこうと思っております。
ありがとうございました。押忍  

田中 俊彦

所属 港南台道場
昇段審査日 2006年9月24日(日)
10人組手完遂
審査会場 BUMB東京スポーツ文化館
黒帯授与日 2008年12月3日(日)



昇段レポート

 この度は昇段審査を受けさせて頂き、本当にありがとうございました。井上先生を始め港南台道場の仲間たちの温かい応援があったからこそ困難を乗り越えここまでたどり着けたことを、ここに改めて御礼申し上げます。
 私は今年4月に開催された千葉県大会に出場することを目標に、年始より稽古してきました。しかし、大会一週間前に生まれた子供が未熟児で母子共に体調が不安定であったため、目標としてきた大会でしたが棄権を決断し、空手も辞める考えであることを先生に相談したのです。しばらくして先生から連絡があり道場に行ってみると、子供のためにみんなで作ってくれた千羽鶴がありました。涙をこらえられない程感動しました。その千羽鶴は今でも子供の布団の横にお守りとして飾っています。
 その後、昇段審査の話を頂き、9月に受審することに。いよいよ自分も黒帯に挑戦する時がきたという喜びの反面、型を覚えられるか、10人組手をやり通せるかという不安もありました。仕事が変わったこともあり充分に稽古が出来ず、その不安を解消することができないまま、いざ、審査当日を迎えました。緊張のあまり基本型だけで汗だくになりましたが、10人組手では周りからの応援に助けられ気迫を出して完遂することが出来ました。
 師範を始め、各先生方、先輩方、道場の仲間たち、そして家族の協力と応援があり昇段できたことを忘れず、感謝の気持ちを胸に、これからも日々努力精進していきます。ありがとうございました。押忍 

大場 翔太

所属 武蔵小山道場
昇段審査日 2006年6月18日(日)
10人組手完遂
審査会場 BUMB東京スポーツ文化館
黒帯授与日 2008年9月24日(日)



昇段レポート

 昇段審査を受けさせていただきありがとうございました。
 僕が極真空手を始めたのは、小学校1年生の時です。父親と一緒に道場の見学に行き、そこで強くなりたいと思い入門を決意しました。 初めの頃は、基本稽古や移動稽古を覚えるのが大変でしたが、黒帯や茶帯の先輩方の様に強くなりたくて、一生懸命稽古に励みました。 努力の甲斐があり試合で優勝し勝つ喜びを知りましたが、半面、負ける悔しさも経験することができました。稽古があまりにもきつくて逃げ出したい時も多々あったことを思い出します。それでも負けずに稽古を続けてきたので、次第にきつい稽古でも「頑張ろう!」と、自分を奮い立たせられるようになってきたのだと思います。そして今では空手の稽古が楽しいと思えるようになりました。
 中学3年生になりやっと、黒帯を受けさせていただくことになりました。喜びと不安が混じった気持ちでした。10人組手が無事に達成できるかが心配だったのです。その気持ちのまま審査当日を迎えました。本番は、「ここまできてそんなこと言っても仕方がない!この10人組手で自分の気持ちを全部出そう!」と思いました。そして10人組手を終えることができました。黒帯になってやっとスタートラインに立てたと感じています。 今まで指導して下さった坂本師範、道場生の皆さん、本当にありがとうございました。これからは黒帯としての自覚を持ち、頑張っていきたいと思います。押忍

野中 茂樹

所属 田町道場
昇段審査日 2005年9月25日(日) 
審査会場 BUMB東京スポーツ文化館
黒帯授与日 2005年12月11日(日)



昇段レポート

 この度は、昇段審査を受審する機会を与えて頂きまして誠にありがとうございました。
 田町道場の先輩方をはじめ、他の道場の方々からの叱咤激励の下、無事、組手まで終えることができました。応援してくださった皆様には、この場をお借りして心より厚く御礼申し上げます。
 最後の組手終了後、坂本師範が、まだ審査途中にもかかわらず、わざあざ更衣室にいた私の所にみえて、「これからが、始まりだからね。」と言葉をかけて下さいました。その時、今まで不肖の坂本道場一期生ではありましたが、やっと武道空手の入口に立たせてもらえたのかな、と実感致しました。この10年余りを振り返り、坂本師範の背中を見て過ごせた事を本当に幸せであったとしみじみ思っております。
 最後に、坂本師範並びに諸先輩方、夜遅くまで型の指導をしてくださった勝田さん、後輩の方々、本当に有難うございました。今まで多くの人々に支えて頂いた事、これからも多くの人々に支えられていくであろう事を忘れずに、真の黒帯に一歩でも近づける様、精進して日々努力する所存でおります。今後は、微力ながら、私も坂本道場の発展のお役に立てれば幸いと思っております。
 これからも、御指導、御鞭撻を下さいます様、どうぞよろしくお願い申し上げます。   押忍

倉持_明人

所属 新小岩道場
昇段審査日 2005年6月5日(日) 
審査会場 BUMB東京スポーツ文化館
黒帯授与日 2005年7月25日(日)



昇段レポート

 今回、昇段審査という貴重な機会を与えて頂き、ありがとうございました。
 その日稽古が終わり、自宅より電話が入り、「産まれそうなんですけど・・・」と妻、
私「えっ(頭の中は真っ白)、・・・掃除をするみたいなんだけど・・・」
妻「・・・早く帰って来て!(かなり怒った声)」
師範に了解を得、道衣のまま自転車に飛び乗り、商店街を走り抜け(かなり異様だったかも)帰宅。妻を病院へ搬送(さすがに道衣のままで病院へ行く度胸は無かったので着替えた)、同日23:58無事、出産(女の子でした)。
 こうして私の空手人生の初日が始まりました。出産より掃除を選んだ旦那というレッテルは、未だに貼られたままですが・・・
あれから6年近くが経ち、思えば長男を入門させようと妻と相談していた時、アニメで憧れていた極真空手であると話したところ、
妻「だったら、一緒にやってみれば?」
私「えーっ、もう歳だし・・・(血みどろのイメージがあったのでビビッていた)」
妻「でも、思い立ったが吉日だし、貰ってきた道場訓にも、機に発し、感に敏なることって書いてあるよ」
 この一言で入門を決め、また仕事の都合で稽古に行けない時期には、同時期に入門した長男、後に入門した次男のお陰で空手との糸は切れる事無く、稽古を再開することができました。
 型がうまく覚えられず、身体も思うように動かないため、空手はやるものじゃなく、見るものだと思ったこともありました。
 そんな時、尾谷師範が日頃、おっしゃっていた「続けてください。紙を1枚1枚積み重ねるように」の言葉を思い起こし、稽古を続け、昇段審査を受ける事が出来ました。今回の審査は、通過点とし、稽古を継続してゆきたいと考えております。
 最後に、ここまで空手を継続できたことにあたり、坂本師範、尾谷師範、坂本道場諸先輩、道場生の皆様、及び家族に心より感謝いたします。   押忍

藤沢 賢一

所属 田町道場
昇段審査日 2005年6月5日(日) 
審査会場 BUMB東京スポーツ文化館
黒帯授与日 2005年7月25日(日)



昇段レポート

 この度は昇段の機会を与えて頂き、師範はじめ諸先輩、道場生の皆様に心より感謝しております。
 空手を始めた理由はごく一般的で、社会人になり仕事も慣れ、会社への電車通勤に飽き飽きしていた頃、ちょうど通勤途中に極真道場があり、運動不足とストレス解消を目的に入門しました。
 剣道を学生時代にやっていたので、少々体力には自身がありましたが、入門してみると稽古はきつい、先輩方は強くて怖い、と考えが甘かったと知りました。当時は、夜間部で稽古をしていたので帰宅は深夜0時近く終電ギリギリで帰っていました。仕事を理由に稽古を休もうかと思ったことも何度かありましたが、指導員の先輩に「道場に来る曜日を決めたらその日は休まないようにしよう」と言われていたので、それだけは何とか守るように稽古を続けました。そうしているうちに、2年3年と月日が経ち、いつの間にか茶帯になっていました。
 色々な事情があり他道場から田町道場に移ってきて1年も満たない時、坂本師範から昇段審査を受けてみろと声を掛けられました。他道場で長年空手をやってきたにも関わらず昇段できなかったのは自分の空手に対するあり方に問題があるからであろうと思っていた私は大変驚きました。
しかし黒帯のお許しを頂いた以上、自分が今まで先輩方から教えられたこと、自分で学んできたことを全て次の世代にしっかりと伝えいける様な黒帯を目指して精進させて頂きます。
最後に今までお世話になった極真の先輩方、一緒に稽古してくれた道場生の方々、本当にありがとうございました。押忍

坂井 将

所属 新小岩道場
昇段審査日 2004年6月20日(日) 
審査会場 港区立芝小学校
黒帯授与日 2004年9月12日(日)



昇段レポート

 この度は昇段の機会を与えて頂き、ありがとうございました。空手を始めて4年、こんなに短い稽古で昇段できたのも師範、先輩、道場生の方々のお陰だと思い感謝しています。
 今から4年前、ただ普通に仕事をしながら生活していた自分に、先に入門していた友人が紹介してくれたのが、極真空手との出会いになります。入門当時は極真空手のことをほとんど知らず、色々な方たちから極真の歴史を聞き、とんでもない所に入門してしまったと思いました。稽古はやはりきつく、やっていけるか不安になりました。基本稽古では、基本、移動、型。ミット稽古では、ビッグミット、サンドバッグ、打ち込み、蹴り込み。全てにおいて自分より数をこなしている先輩方の姿を後ろから見て、「まだ甘い」と常に心に思うことで、乗り越えれこられたのではないかと今思います。
 この4年間、空手を通じて普通では味わえない刺激や出会いがありました。特に試合では初めて戦う相手と拳を交えることで、心を鍛えることができ、負けても次は絶対勝とうという諦めない精神力を身につけることができ、私生活でも自分を成長させることができたと思います。
 最後に、今まで以上に稽古に精進し、これからが空手の道のスタートラインであると感じ、今のいる立場に満足せず、常に自分に厳しく空手の修行をしていきたいと思います。
また、坂本師範、尾谷先生を始め、共に稽古し、応援し、支えてくれた後輩たちに心から感謝いたします。     押忍

島袋 竜郎

所属 新小岩道場
昇段審査日 2003年11月16日(日) 
審査会場 府中市総合体育館
黒帯授与日 2003年12月6日(土)



昇段レポート

 この度は、昇段審査というとても貴重な機会を与えて頂き、誠にありがとうございました。
 私が極真空手に入門したのは中学2年の時でした。学校の部活を辞めて家でいつも怠けていたからです。このままではいけない、何か熱中できる様なことをしたいと思い色々考えました。そんな時に自宅から近い新小岩道場があるのを知り、すぐに見学に行き入門を決意しました。
 入門当初は基本稽古の難しさ、さらに先輩方のやっていた型稽古などを見て本当にできるようになるのだろうかと思っていました。ミット稽古では心臓が破裂する位苦しかったし、スパーリングでは先輩方に手加減してもらっているにも関わらず手も足も出ませんでした。そんな自分でも毎回稽古する度に一つ一つを理解し、徐々に覚えていくことができ、ミットもスパーリングもこなせる様になっていきました。試合にも出場し、勝ったり、負けたり、色々な経験をすることができました。
 入門から4年目にして昇段を許して頂き、黒帯を取ることができました。ここが最終目標ではなく通過点とし、黒帯に相応しい人間になれるよう努力精進していきたいと思います。
 最後に、受審させて下さった坂本師範、尾谷師範を始め、いつもお世話になっている先輩、同輩、後輩、坂本道場の皆様に心よりお礼申し上げます。また両親にも本当に感謝で一杯です。どうもありがとうございました。これからもよろしくお願いします。押忍

大場 那緒太

所属 武蔵小山道場
昇段審査日 2003年9月21日(日) 
審査会場 港区立芝小学校
黒帯授与日 2003年12月6日(土)



昇段レポート

 この度は昇段させて頂きありがとうございました。
 自分が空手を始めたのは4年9ヶ月前、小学校を卒業する1ヶ月前のことでした。父親に空手を勧められ、武蔵小山道場に見学に行き、強さに憧れて入門を決意しました。
 実際入門してみると稽古はとても辛く、基本、移動稽古でばててしまい、組手では毎回手も足も出ず、次の朝は筋肉痛との闘いでした。
 入門から暫くすると自分はすぐに少年部から一般部へ移り、試合にも出るようになりました。初めての試合は今でもよく覚えています。会場の雰囲気に飲まれてしまい、試合前の待機席で待っている時は、緊張の余り頭が痛くなる程でした。結果は1回戦で負けてしまい、とても悔しい思いをしました。その悔しい思いをバネに毎週一般部に出て大人の人たちと一生懸命稽古に励みました。
 月日が経つにつれて帯の色もだんだん濃くなっていき、茶帯まで進級することができました。田町本部道場の稽古にも参加する様になり、稽古内容がそれまで以上にきつくなりましたが、先輩方と一緒に稽古する中で、自分も黒帯を取りたいという気持ちが強くなっていきました。そしてある日、稽古が終わった時に坂本師範から黒帯を受けていいと言われたのです。とてもうれしく今まで以上に気合いを入れて頑張ろうと思いました。
 審査当日はかなり緊張してしまい、思った通りにいかず満足することができませんでした。自分の足りない点を克服できる様にこれからも頑張っていこうと思います。
 最後に坂本師範を始め先輩方、一緒に稽古してきた道場生の皆様に心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました。極真の黒帯として恥ずかしくない人間になる様精進していきますので、今後もよろしくお願いいたします。押忍

一井 芳朗

所属 武蔵小山道場
昇段審査日 2002年9月8日(日) 
審査会場 港区立芝小学校
黒帯授与日 2002年12月15日(日)



昇段レポート

 この度は昇段審査の機会を与えて頂き、誠にありがとうございました。
 私が極真空手に入門したのは約6年前、就職で東京に在住してから間もなくの事でした。社会人になっても体を鍛えたい、格闘技をやるのなら空手がいいと、漠然と考えていたので入門の決心は早かったのですが、それまで格闘技の経験が無い私にとって稽古内容はやはり厳しいもので、体重が5kg以上落ちた時期もありました。物覚えが良い方でなく突出した素質も無かったのですが、坂本師範をはじめ先輩の方々には厳しくも丁寧に指導していただき少しずつではありますが、空手の心技体が浸透していったと実感しています。
 色帯の頃は昇級審査や道場内交流試合が自分の実力を試す機会で、黒帯は自分には程遠いものだと感じておりました。しかし茶帯になって後輩を指導する様になり、全国大会にも出場する機会があり、黒帯は与えられるものでなく自分から挑戦して得るものだと考えるようになり昇段審査を迎えることとなりました。
 10人組手の相手は、ほとんどが黒帯の先輩で試合経験の豊富な方ばかりです。一見して緊張と不安が走りましたが、今まで稽古した全てを出し切ろうと心の中で闘志を燃やしていました。力強い応援を受けてなんとか完遂する事ができましたが、どんなに苦しくても自分から攻める気力がまだまだ足りないと反省させられるものでした。しかし、私の今までの稽古により昇段審査という一関門をくぐり抜けた事は自分の誇りとしたいです。そのためにも自分の足りない点を克服するつもりで、これからも空手道に精進していきます。
 最後に、坂本師範をはじめご指導いただいた先輩方、互いに汗を流して稽古に励んできた道場生の皆様に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。 押忍

田中 亨

所属 新小岩道場
昇段審査日 2002年9月8日(日) 
審査会場 港区立芝小学校
黒帯授与日 2002年12月15日(日)



昇段レポート

 極真空手を始めて3年半が経ち、昇段審査を受ける事となりました。振り返ると入門したのは新小岩道場がオープンしてすぐだった為、皆が白帯でした。入門して1年間は仕事の関係で水曜日しか稽古に出ることができず、周囲からどんどん置いていかれる感じがしました。
週2日あった強化稽古に初めて参加した時は、今までの稽古内容とは全く違い、つらく苦しいものでした。同期生がものすごく大きく見え、たった数ヶ月でこんなにも差が出るものかと絶望しました。「これは負けられないぞ」と気合いは入れてみたものの、体が気持ちについていかず、30分足がつったまま何もできずみじめな思いをしたことを今も忘れません。後に尾谷師範から聞いたことですが、田中はもう来ないだろうと思ったそうです。
 その後も週1回しか稽古に出れない日が続き、夜や休日に一人で稽古をしていました。とにかく負けたくない、体が小さいとか、力が無いとか、稽古に出れないとか、そんな事を理由にしたくありませんでした。「やれば出来る」という信念を持ち、稽古を続けてきましたが、今振り返るとその言葉の意味を改めて実感できます。
 黒帯は到達点ではなく、今までの継続であり、新たなスタートだと思っています。これからも試合に出続けるつもりですが、常に一本勝ちを取れる様頑張ります。
 最後に坂本師範、尾谷師範、諸先輩方、これからもよろしくお願いします。押忍

笹沼 真弓

所属 港南台道場
昇段審査日 2002年4月28日(日) 
審査会場 関西総本部
黒帯授与日 2002年6月



昇段レポート

 空手を始めたきっかけは、運動不足解消!ストレス発散!ダイエット!!でした。
ところが、いつの間にか空手の面白さや奥深さにはまっていました。
 「明日はどんなきつい稽古をするのだろう?最後まで皆に付いていけるかな?」と稽古の前夜は不安と興奮で眠れず、稽古日の夜は体が興奮して眠れず状態でした。
 そんな日々が4年続いたある日、坂本師範から突然、「今度の関西総本部での昇段審査受けるよ!」と声を掛けられたのです。予期せぬ一言に大変驚き、「まだまだ自分は黒帯など程遠い。」とも考えましたが、いつもアグレッシブに挑戦する坂本師範の弟子として、ここは前向きに挑戦しようと決意しました。
 関西総本部での審査はかなり緊張しましたが、極真の師範方が見ておられる中で、坂本道場の諸先輩方と一緒に審査を受けさせて頂いたことは、大変光栄なことで、人生において忘れることのできない記念すべき日となりました。この様な機会を与えて下さり、本当にありがとうございました。
 最後に、初段のお許しを頂いた今がスタート地点と考え、初心に返り、稽古に精進し、また新しく横浜港南台の地に構えた道場の運営と指導に全力を尽くし、坂本道場の益々の発展に寄与していきたいと思います。              押忍


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